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粟島竹取物語
=風わたる真竹の林をあなたの力で取り戻そう=
新潟県粟島浦村役場主催で11月15日〜16日"長年放置されて竹やぶ状態の竹林の手入れをする。"目的でイベントが開催されました。
粟島へは、新潟県村上市の岩船港から約1.5時間、人口は370人ほどの島です。 高尾の森づくりの会々員の黒木さん、神蔵さん・谷亀さんの3名が中心となって会員への参加を呼びかけたところ河西代表ご夫妻はじめ大蔵副代表他総勢13名の参加で取り組んできましたのでご報告します。
参加メンバーはイベント開催にあたり村役場から一般ボランティア募集が行われ、このボランティアと村民、役場職員、われわれと総勢50名ほどになりました。
われわれはイベント準備のため前日の14日のお昼に到着し、午後から役場の方々の指導で準備に入った。
エリアの確認や間伐本数の考え方(傘をさして通れるくらい)、切り倒した竹の後処理の仕方など丁寧に教えていただく。
切り倒す人数より後処理に多くの人数が必要ということを実感できた。
15日午後からいよいよ作業の始まりだ。われわれの役割は、ボランティアで参加された方々への指導ということであったが、参加された方々はわれわれ以上に竹林整備に精通された人で指導などおこがましい、逆に教えていただくことが多かった。
作業分担としては、役場職員の指示で切り倒す人と後処理作業を時間で交代しながら取り組む方法が取られたが、我々は大変な後処理作業に取り組み汗を流した。
翌16日はあいにくの空模様であったが昨日の続きに取り組む。 林内は非常に明るくなり流した汗が心地よい。
全島の竹林がたいへん荒れており今回はその極一部であったが、村長さんご夫妻を先頭に全島挙げてどうにかしたいという意気込みが感じられ新鮮な感動を請けたのは私だけではないはずだ。
「また来年も必ず来ます。」という言葉に裏打ちされている。
村をあげての受け入れ態勢に感謝したい。
また自炊であったが黒木さん、神蔵さん、萬国谷さんの手作り料理に助けら感謝する次第です 16日午後の船で離島したが、雨の中多くの島の皆さんのお見送りを受け、お別れのテープに感無量となった。
このイベントは今後も末永く継続していくことが肝心と、これからも引き続き支援していきたいと思う。
翌17日以降も引き続き竹林整備に精を流そうと残った方々は、荒天候が続き22日まで島に足止めされた。幸か不幸かそのお陰で小中学生全校生徒は大蔵さんからエベレスト登山の話と、上手いかどうか知らないが船木さんの尺八で「我は海の子」を拝聴できたらしい。
とにかくお刺身(平目・鯛・イカ・・・・・)が旨い。
来年が待ち遠しい。
松川記
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第5回美林見学会−青森ヒバ
今年の美林見学会は、前から要望の強かった日本三大美林のひとつ「青森ヒバ林」を見学に行きました。
雨模様の天候にもかかわらず行動中には降られることももなく、青森森林管理署の方々のご案内もいただき、青森ヒバの天然林、ヒバとブナの混交林、ブナ、カバ、ナラなどの広葉樹林など多様な天然林を見ました。増川岳にも登りました。我々が目標としている森林の究極の姿を感じ取ることができました。
参加者:12名+1匹(訓練犬)
日程
10月24日
青森駅西口11:30集合〜青森森林博物館見学〜昼食〜眺望山自然休養林見学〜ヒバの加工場;蓬田製材所見学〜蟹田町〜平館不老不死温泉
10月25日
8:00・・三厩村〜青森森林管理署「増川ヒバ施業実験林」見学〜増川岳(714M) 〜竜飛崎〜小泊港(民宿青岩荘)
10月26日
小泊〜十三湖〜五所川原〜青森解散
記
1日目
青森森林博物館は総ヒバ作りの旧庁舎で築後100年とのこと。青森ヒバは実が丸く、木曾とは異なりヒノキアスナロと言うことを知った。熱心な説明をいただいたが、時間が足りなくなり、
森林管理署員の待つ奥内の眺望山へ(写真1)。400年のヒバ林を含む2時間の回遊コースで、案内板もよく整備されていた。 下山口へ廻していただいた車でヒバの製材所へ。表面スベスベでも製材しているうちに中からフシが現れビックリ。これで値段が倍々半々違うとのこと。
平館不老不死温泉は39度のアルカリ泉で、我々傷病兵集団には湯治に適しており、また、食事もおいしかった。
2日目
休日にもかかわらず、 森林管理署長が早朝よりご案内してくださることになった。
増川施業実験林は人の手の入った記録の無い、増川上流地域ヒバ林を10区画に分け、順番に10%の間伐を10年サイクルで行って更新を図ってきたが、現在は資源保護の視点から伐採を控えているとのこと(写真2)。峠付近には枝が自然に落ちてすべすべした立派なヒバ林(500年位か?)が見事だった(写真3)。足元から芽生えているヒバでも8年のものがあるとのことで、日照を得ると育ち始めるそうだ。
犬およびその付き添い者以外全員で増川岳に登る。標高差650mあり結構つらい。山ヤの職業病の痛い足をだましだまし登る。ヒバの天然林から針桐、栗があらわれ、やがてブナ、ミズナラが出てくると、キノコが見つかるようになる。ナメタケ、ヒラタケ等目を輝かせて採る者もおり、隊が三つに割れた。頂上は稜線に出てから長く、1番奥だった。急いで下山し、竜飛崎へ着いた時は日没直前で水平線に沈みゆく夕日は感動的だった(写真4)。
当然欲張りキノコ組は間に合わなかった。
暗闇の中を小泊へ急いだが、電話で入力したナビが遥かに離れたところの銭湯を指し、青岩荘には真っ暗闇の中に着いた。ここも38度の塩分泉だが、すべすべ具合は先より勝る(写真5)。
ここの料理は目の前の海で宿の主人が採った新鮮な魚貝類でとてもおいしかった。当然その日に採ったキノコは詳しい人の鑑定を経て夕食の鍋に入れて食べた。夜半、稲妻を伴う激しい雨で海鳴りがした。
3日目
朝まで激しい雨だったが出発時にはからりとあがった。十三湖では名物シジミ汁を味わい、道の駅トーサムでは目当てのキノコ「さもだし」
と青首大根を買った。
五所川原ではじょんがら節の開始までの間に斜陽館を足早に見た。総ヒバとのこと。
ここで、先に久慈の山を縦走してきた2人とこれから南八甲田の山に向かう2人が入れ替わり、帰路に着いた。東京からの往復で走行距離は1700キロだった。運転手さんお疲れさま。 船木威志
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5月4日は「みどりの日」 森(しん)発見・森(しん)体験 !!
昨年に引き続き2回目のイベントが、みどりの日に高尾森林センター前広場にて開催した。
林野庁や国土緑化推進機構が主催・共催で、我々高尾の森づくりの会も協力という形で参加させていただきました。
谷亀さん中心とした物づくり班メンバー(笹原さん・古旗さん・会田さん・三葉さん・川久保さん)には、オリジナルクラフトづくりをお願いし、また昨年苦労した火おこし、薪割りは、火おこし名人の松田さん、斉藤((富)さん、堤さん・大沢さんに頑張っていただきました。
●オリジナルクラフトづくりは主に竹を材料とした作品で行い、一番人気が「ポックリ」で約50人の子供さんが取り組み持ち帰っていただきました。また「はがき」の語源となった葉で文字を書くことが珍しいこともあり50人ほどの人が楽しんでいきました。
このほかにも知恵の輪づくりも「エッなんで?」という関心をもった子供も多く嬉々として取り組んだり、青竹のきれいな花瓶にも目を奪われ、懸命にノコをいれたこどもも印象的でした。
●問題の火おこしですが、さすが昨年の経験を生かし摩擦力を高める工夫や、最後に火玉にする祭の小道具などが大きく功を奏し着火率が90%(54/60)という世界最高新記録?を達成できました。100円頂いての参加ですので、参加されたこども以上に親が真剣に取り組んだことも大きな要因でもありました。
●薪わりは大人用と子供用の材を用意して怪我のないように注意し取り組んだ結果、80人ほどの人が日頃の恨みを晴らすかごとく勢いよく割っていきました。
多くのボランティア団体がある中で、高尾の森づくりの会が指名され参加できることは嬉しい限りです。今後も多くの団体と仲間になり協力していきたいものです。
暑い中応援いただきました会員のみなさまにお礼申し上げます。 お疲れ様でした。
松川征夫
「高尾の森づくりの会」探鳥会(第3回)レポート
開催日時:平成20年2月23日(土) 午前8時30分 〜 午後12時30分
天気: 午前中 快晴/午後より曇り時々小雨に加え強風(春一番らしい)
参加者: 8名
記
08年度の「植樹祭」が4月13日に挙行される。それに向かっての作業進行度が若干遅延している。 それの遅れ挽回のための「臨時作業日」であったが、しかし既に「探鳥会開催案内」も流してしまったことでもあり、些か後ろめたい気持ちもあったが敢えて開催に踏み切った。
多くは「臨時作業」に参加されて「探鳥会」への参加は多くを期してはいなかったが、それでも上記の方々の参加を得た。感謝に堪えない。
さて、朝8時半、集合場所の「貯木場」は春の陽光に満ち溢れ、早や梢の先端では「ホホジロ」が声高らかに
囀っている。この囀りを聞くたびに「あ〜春だなあ〜」と実感する。やがて全員の方々が揃ったところで申し合わせたように「ジョウビタキ♀」が現れしばらくの間、その可愛らしい姿を楽しませてくれた。
この「貯木場」は野鳥観察にとって「ベストポイント」だと思う。
後ろの高速道路の車の走行音が些か気になるが、 それさえ気にしなければ前が開けていて明るく、「見上げ」「見下ろし」が効く。
背中に朝日を受け居心地 のいい一時を過ごしている内に伊東さんが「ルリビタキ♂」を見つけてくれた。瑠璃色の成鳥だった。感激!
やがて「シメ」の群れが飛来(10固体〜15固体か)、この「シメ」の「容貌」は何時も難しい(貌)をしている、 可愛げがないと言えば可愛そうか?
「イカル」が遠くの梢に飛来、双眼鏡の距離ではない。横川さん、松川さん の「フィールドスコープ」が威力を発揮、確認できた。
「カワラヒワ」が直ぐ近くの梢でしばらく羽を休めてくれた。 全員心行くまで観察することが出来た。「カワラヒワ」は群れで行動するはずだがこの子は「はぐれ」か。
10時に移動開始、ベースに向かって歩き出す。林道に入ればあまり野鳥の動きは見られなくなるが、沢筋に 「ミソサザイ」が居るのではないかと期待しつつ歩を進めるがなかなか現れない。
やがて「ベース」に到着かと 諦めかけたところ松川さんが小声で「ミソサザイ!」と囁いてくれた。いつもながらこの人の「鳥能力」(チョオー能力)には感心する。
11時「ベース」に到着、お昼までにはまだ時間があるため「皇太子碑」まで足を伸ばすことにする。「貯木場」程の「動き」は期せないがそれでも「エナガ」や「シジュウカラ」が元気に飛び回っていた。
今回、「林道」の日陰は凍っていて上ばかりを見て歩く「探鳥」には危ない限りだ。事故なく終えられたのは 幸甚だった。
ベースに到着後、本日の観察結果のすり合わせを行う。 鳥種別で17種類 に及ぶ。(21日の事前調査でも17種であった)
昼食後横川さんからまたまた珍しいものが披瀝された。「キジョラン」(鬼女蘭)と言うらしいが「野草」の「種」 だと言う。一房の中に160粒の種があり、この一粒々々が白髪を振り乱した女の頭の如くになる。この白髪
を100粒程を集めたケースを見せて頂いたが「白髪」とは言え綺麗なものだった。故人はこの状態から「落下傘」 を開発したと言うことらしい。問題はこの「鬼女蘭」の「葉」が「アサギマダラ」の「餌」且つ「産卵葉」になっていることだ。「寒葵」が「ギフチョウ」に欠かせないものである如く。この「鬼女蘭」が身近にあるという。
貴重な話ではないかと思う。よく探し出すものだ。只々感心!感心!。
「高尾の森づくりの会」は人材豊富 だと思う。
午後からはあれだけ良かったお天気も怪しくなり強風に加え雨がポツポツと降りだした。「作業」の方々を待つつもりでいたが、本降りになる前に解散、帰途に付いた。
以上 文責 渡辺 美夫
ザリクボ登山道の丸木橋の架け替え作業報告
2007年9月6日夜半関東地方を縦断した台風9号は奥多摩地域に500mmの大雨を降らせ、小下沢に架かるザリクボ登山道の橋を流した。片方を鎖で岸につないであったので、流失はまぬがれた。
水を吸ってズッシリと重い朽ちかけたスギの橋は9月8日の定例作業時にチルホールや、テコなどを使い、岸に戻した。両岸が削り取られて川幅が広くなったので、5mの橋では岸に届かず、橋げた用に石を積み上げて作業小屋にあった板などを渡してしのいでいた。左の写真は当時の作業の様子です。(井上さん提供)
9月9日作業小屋の物置増築のため、小屋建設・管理班が作業に入っているところへ、片岡森林管理署長が来られたので、橋の状況を説明したところ、橋を見に行ってくれ、「7m以上のヒノキ材を7本用意させるので、登山道なので、日本山岳会さんでやったらどうですか」と勧めてくれた。そこで、小屋建設班・ものづくり班で架橋作業を担当することになった。
10月23日に立派なヒノキが届いた。柴崎森林官が来られ、50年生のヒノキで逆沢上流から切り出したとの由。
早速皮むきをした。しなやかで、きれいにむけた。 しかし生木なので非常に重く、やっとの思いで転がして移動した。
こんなに重いのでは人力作業では無理なので、土木経験者も交え、架橋作業方法をいろいろ考えたが、結局、十分乾燥すれば可能だろうとの結論に達し、半年後2008年3月1日
に架橋作業を行うことにした。
3月1日は森の研修会で、「地球環境と森林」の講義を受け、12時半より作業を開始した。
7人がかりで1本づつ運び下流側で仮橋とした後、古い橋をバールとチェーンソーで解体した。元の位置に5本を設置し、カスガイを打って固定してから横木を残りの2本のヒノキを4cmの厚みにチェーンソーで裂いて作製した。これを5寸釘で打ちつけていったが、5本の丸木と横木で隙間がある箇所があり、これを木片を作って修正した。
皆が嬉々としてきびきびと立ち働き2時間半で驚くほど立派な木橋ができあがった。
進行中のトイレ棟の壁の塗装の時に、橋の防腐剤塗布を行いたい。その後は作業小屋の塗装メンテナンスに合わせ、橋も防腐剤塗布することとしたい。
船木 威志
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